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ギロチン

 今朝はぼんやりとした目覚めだった。時刻は四時半。昨夜寝付いたのは、一時。でも、すでに僕の意識はかなりはっきりしていた。時計を見やる前までは確かに、ぼんやりと、そう感じていたはずなのに。どうやら二度寝もできそうになかったから、とりあえずコーヒーを飲むことにした。最近、僕はのどをいためていた。睡眠による脱水症状は僕ののどをひどく痛めつけていて、寝起きの一杯はかなり心地よかった。落ち着いた僕は、とりあえずいつものようにテレビをぼぅっと眺めた。義理の兄妹と継母の愛憎劇が盛んに報じられていた。殺された娘は、ずいぶんと美しかった。僕はひたすらその姿に見惚れていた。そんな怠惰な時間な過ごし方は、一二時間もすれば、必ずといっていいほど僕に現実を想起させる。ああ、今日は授業の日だった。テレビを消すと、僕は数百項はあろうかという洋書をぱらぱらと眺め始めた。聞きなれない言葉が次々に現れては、僕はひたすらに感嘆したのだった。なんともこっけいなモノローグだった。ふと、顔を上げると、カーテンから漏れる光が相当に僕の目を焼き付けてくる。太陽の強烈なまでのエネルギーは、僕を疲れさせた。もう、読書の時間は終わりだった。結局、三十項ほどほどに、僕は仕事を放棄して、パソコンの電源をつけていた。ヴィドールの「starrin'」が何度も頭の中を流れた。ヴィドールを一時間ほど聞いていると、時刻はすでに九時を回っていた。僕は急いで登校の準備をはじめた。
 二限の講義はあっというまに終了していた。昼休みは四限の予習で手一杯だった。三限は「科学技術と公共政策」だった。先週欠席していた僕は、GWまたぎなのをいいことに、まったく提出も予習も何もしていなかった。指名されたらどうやって答えたらいいだろうかと、内心不穏だったが、そんな憂鬱な心象は一瞬で消え去っていた。提出物の確認のために、受講者の名前が次々に呼ばれていく。僕は提出していないのだから、当然呼ばれるわけがない。が、そこに、僕は確かに聞いた。彼女の名前(正確には苗字だけだが)が、僕の鼓膜を震わせた。ああ、彼女もこれを受講しているのか。そう思うと、僕は正直、それ以外考えられなくなった。僕が彼女を見たのは一度限りであった。しかし、それだけで今の僕には十分だった。あのときの印象は僕の頭にしっかりと焼き付いているし、もはやそれは現実がどうであろうと関係はなかった。その表象に新たなイメージを加える必要はないのだ。もしかしたら、いやもうおそらくは、僕の中の彼女の表象は、すでに現実の彼女からすでに離れ始めているかもしれない。授業が終わっても、僕の視界は閉ざされたままで、彼女を今一度認識することはなかった。二度と会うこともないだろう、そんなあのときの僕の彼女への思いは今もなお継続されているのだ。いや、むしろ今やより閉鎖的な陰鬱な心の闇が彼女と僕を離れさせているのだろう。僕は二度と"彼女"を認識することもできないのだ。
 外気に僕は身震いした。いつのまにか僕は四限の授業を終えて、建物の外へと出ていた。そして、朝のぼんやりとした瞬間を僕はふたたび感じていた。とても不思議な感覚だった。あの瞬間的なぼんやりはいったいなんだったんだろう。確かにぼんやりとした気分の目覚めだったはずなのに、すぐさま意識がはっきりとしたなんて経験は今までなかった。どうも、GWのだらだらとした時間の流れからまだ抜けきれていないのかな?僕はなんとなくそんな風に結論付けようとした。すると、その瞬間、ガシャン、となにかものが高みから落下する音があたりに響いた。振り返ると、建物の工事をしているおじさんが、作業具を落とした様子だった。その落下音が僕の頭の中で何度も反芻された。ガシャン、ガシャン、ガシャン、、、なぜか僕はその音からすぐに離れられなかった。どうしてだろう。こんなどこにでもあるような音なのに。ガシャン、ガシャン、ガシャン、、、恐ろしいくらいに、その音が僕を捕らえて放さない。ぼんやりとした意識のままで、僕は抗うことなく何度もその音を反芻させていた。ああ、そうだった。僕は確かに思い出した。それは今朝の目覚めだった。なぜ、僕はあんなに衝撃的な目覚めを忘れていたのだろうか。僕は、今朝、ギロチンで首を切り落とされて、目を覚ましたのだった。ガシャン、それは冷蔵庫にくっついていたマグネットラックがはずれて、コーヒーのビンが床に落ちた音だったのだ。睡眠中の僕は、その音を聞いて、夢の中で、ギロチンを再現したのだった。ひどく、憂鬱な朝だったではないか。ギロチンという名前の、昨夜飲んだビールが僕にこんな夢を見させたのだろうか。どうにも、僕にはさわやかな目覚めは一生やってこないようである。

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